
岡部 正治氏 インタビュー
最も得意とされる業務は何でしょうか。
簡単に言えば「人」に関する業務です。経営者とともに、従業員にどのようにやる気を出してもらうかについて、真剣に話し合っていくことが中心です。仕事にくたびれた経営者を見ますと、その原因が人材の悩みであることが往々にしてあります。そのような方々と「会社の宝である人材(=人財)を粗末にしないで、やる気を引き出しながら、どうやって会社の生産性を上げていくか」について話し合い、その企業に合った解決方法を提案しております。自
分では、社会保険労務士であると同時に人事コンサルタントであると思っています。ですから、会社のルールである就業規則の作成を進めながらも、同時に人事的なコンサルティングも行っています。
人事コンサルタントとして経営者にどのようなアドバイスをされるのですか。
人を育てるのは、言うなればその会社の経営者です。しかし、中々そこまで目が行き届かない時に、私がコンサルティングをするケースが多い訳です。
ただし、我々のそこへの踏み込み方ですが、顧問先企業の経営や社員については、我々がいくら心配しても当事者になることはできませんので、「社長が人を使うということは、こういう事でよろしいんじゃないですか」と、少しだけ背中を押すようなスタイルで助言いたします。かしこまって「こうしろ!」「ああしろ!」ではなくてね。「会社の最大の人事コンサルタントは社長、あなた自身ですよ」という意識付けが中心になります。
社長の背中を押すと一言で言っても、それなりのキャリアが必要ですね。
うちのスタッフがその物まねをすると危険です。しかし、私は相手方の社長と同じように社員を数十人雇っている企業経営者です。ですから、経営者に向けたセミナーを開催し、私の特徴や考え方をお伝えして、「こいつは結構マジメにやっているのだな」と、私自身を理解していただきます。
その結果、「この人なら、うちの会社に来てもらい、中堅幹部あるいは新人社員に対して、好きなように言わせてみても良いだろう、自分の代弁者になってもらっても良いだろう」と、そういう了解のもとで顧問をやらせて頂いております。そういった意味では、背中を押してあげることはキャリアというよりも社長との信頼関係かもしれません。
逆に、信頼関係の築けない社長とはどのような経営者ですか。
経営にとって1番大切なのはお金よりも、やはり人材なんですね。その大切な部分のお手伝いを私がするべきだと思っています。その手段として、幹部の養成や新人の養成をしていますが、ベースは人事労務管理です。「何よりも社員が大事で大切」ということについては執着心を持ってやりますね。極端な話、コンサルティング報酬がいかに高額であっても、今お話ししたことに対して興味の持てない経営者とは縁が無いと思います。
社労士になろうとしたキッカケをお聞かせください。
きっかけは何でしょう…社労士になろうという意識はゼロでした。前は公務員でしたが、その前はマドロス(船乗り)でした。まあ、負けず嫌いでね、他人にできて自分にできないものはないと、絶対出来るという自信はあったんです。
昭和62年に資格を取得して開業は昭和63年です。東京上野駅前の共同事務所「社労士センター」に籍を置いて開業しました。約1年、東京に籍をおきながら地元(栃木県)で営業活動をして、平成元年早々には栃木県に40坪の事務所を造りました。創業当初は「飯を食わなければならない」「家族に食わせなければならない」という思いが原動力でしたね。今は、おかげさまで食べるのには苦労しませんので、顧問先企業のために全エネルギーを集中できます。
約20年も開業されていると、印象深い仕事もあったのではないでしょうか?
東京でマイクロソフト社の給料計算を行いました。極東作戦でまだマイクロソフトが日本に来たての頃です。当時の社員数は30人位だったと思います。就業規則も、面接も労働契約も賃金規定も賃金計算も全てやりました。一気にマイクロソフトは伸びていき、その後も3年くらいは携わっていたのですが、栃木県での仕事が忙しくなってしまったので、他の社労士にバトンタッチしました。
それから、その当時、昔の運輸省海洋水産庁から仕事があったのです。誰から聞いたのかは分かりませんが、わたしがマドロスだったことで、労働基準法と船員法の仕組みの違いを考えてくれということでした。他にも色々な社労士業務の経験をしています。経験は宝ですね。
最後に、先生のご趣味をお聞かせください。
お酒を飲むのは趣味とは言えないですかね(笑)。ゴルフなどもやりましたが、あえて言えば庭いじりと、女房と温泉に行くことです。でも、本当の趣味は仕事ですよ。