能力不足解雇の裁判例にみる採用基準と期待値の言語化|社労士 青木 幸江の視点
採用基準の言語化が、能力不足解雇の判断を左右しやすい理由
この記事への視点を提供する社労士
- 社会保険労務士 青木 幸江 (社会保険労務士法人Aoki/東京都中央区)
今回取り上げるのは、能力不足を理由とする解雇が争点となった裁判例に関する記事です。まずは、引用記事の本文をご覧ください。以下に、原文をそのまま掲載します。
能力不足解雇が有効に――東京地裁
大手素材メーカーで働いていた労働者が能力不足による解雇は違法と訴えた裁判で、東京地方裁判所(角谷昌毅裁判長)は解雇を有効と判断した。約9年間にわたり、同社は特別の支援体制を執るなどして継続的に指導をしてきたと指摘。雇用継続に向け努力を尽くしたが、改善の見込みはなく、解雇が社会通念上の相当性を欠くとはいえないとしている。労働者は大学院修了後、新卒の総合職として入社した。入社当初から担当業務の遂行に問題があり、異動とともに業務の難易度は下がっていったが、自身の勤務不良を周囲の指導力不足のせいにし、問題行動を繰り返すなど、自省的な態度に欠け、規範意識も乏しい状況にあった。
記事提供:労働新聞社
- 記事提供企業 -
この裁判例は、解雇の場面だけを切り取って考えるよりも、採用・配置・指導という人材マネジメントの流れの中で整理したほうが、企業側の実務判断に近づきます。ここからは、労務リスクや組織の価値観という観点も交えつつ、論点を整理します。
採用後の運用で判断が揺れないために企業が整理すべきこと
この記事を能力不足解雇の是非として読むと、解雇が認められたかどうかに意識が向きやすくなります。ただ、実務の視点で確認したくなるのは、その判断に至るまで、雇用契約という関係性をどう扱ってきたのか、という点です。雇用は、評価や情状よりも先に、職務を果たすことを前提とした契約であり、この前提がどの程度、当事者間で整理されていたかが、その後の判断に影響します。
引用記事では、入社当初から業務遂行に課題があり、異動によって難易度を下げつつ、約9年にわたり特別の支援体制を含めた指導が続けられてきたとされています。この長さは、単なる時間経過ではありません。雇用を継続するために、会社がどこまで引き受け、どこまで待ったのかという姿勢の積み重ねであり、後から振り返ったときに「向き合ってきた履歴」として評価されやすい部分です。解雇の可否は、この履歴を抜きに語れるものではありません。
一方で、現場に目を向けると、能力や適性に課題がある人材を、どこまで配置や業務設計で吸収するのか、いつまで改善を期待するのかは、常に判断が揺れやすい領域です。また、本人が課題を自分の問題として受け止められず、周囲の対応に理由を求める状況が続くと、問題は能力の話にとどまらず、職場で共有されている仕事の進め方や考え方との間にずれが生じます。このずれが整理されないままでは、指導を重ねても納得感は生まれにくくなります。
採用の段階に立ち返ると、問われるのは学歴や経歴そのものではありません。会社として、どの水準をもって「この仕事を任せられる」と考えているのか、どこまでは支援の対象で、どこから先は雇用関係として引き受けきれないと考えるのかを、あらかじめ言葉にできていたかどうかです。とくに高度な専門性を期待して採用する場合、この期待値の言語化が不十分だと、後になって評価や指導の軸がぶれ、判断の正当性を説明しづらくなります。
このぶれは、感情的な不満にとどまらず、労務リスクやコンプライアンス上の問題として表面化しやすくなります。指導や配置の判断がその都度変わって見えると、対応の一貫性を説明することが難しくなり、結果として企業側の判断そのものが問い直される場面が生じるためです。
その前提として欠かせないのが、採用基準をできるだけ具体的に言葉にしておくことです。どのような人物に、どの水準までの役割を期待しているのかを明確にしておくことで、採用後の配置や指導、評価の場面でも判断の軸が揺れにくくなります。
もちろん、すべてのケースで長期の支援が最善とは限りません。しかし、採用の段階で「この人物に何を求めているのか」を明示し、その前提に沿って対応してきたかどうかは、後から振り返った際に、判断の妥当性を支える重要な材料になります。本件は、解雇の結論そのものよりも、採用時に置いた基準と期待を、雇用の過程でどこまで一貫して扱ってきたのかが浮かび上がってくる事例といえるでしょう。

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