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更新日:2026 / 08 / 27
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M&A後の労務トラブルを防ぐには?労務DDを従業員対応につなげた事例|社労士 村松 貴通の解決事例

<編集協力:社労士ナビ編集部>

解決した社労士

  • 社会保険労務士 村松 貴通 氏(社会保険労務士法人村松事務所/静岡県浜松市)

※本記事は、実際の対応事例をもとに、企業等が特定されないよう一部内容を調整しています。

この記事を読んで分かること

  • M&Aにおいて、対象企業の労務上の特性や留意点を労務DDで把握する重要性
  • 労務DDで把握した内容を、M&A後の経営や従業員対応に反映する考え方
  • 労働条件だけでなく、従業員が大切にされていると感じられる対応や、人権を守る仕組みが求められる理由

労務DDはM&A後の経営につなげてこそ意味がある

M&Aは、契約が成立すれば完了するものではありません。買手企業には、その後も対象企業の従業員とともに事業を継続していくことが求められます。
そのためには、法務面や財務面だけでなく、対象企業がどのような労務管理を行い、どのような組織文化や人間関係の上に成り立っているのかを確認することが重要です。
労務DDによって労務上の特性や留意点を明らかにし、そこで把握した内容をM&A後の経営や従業員への接し方に反映することが必要です。

※DDとは「デューデリジェンス」の略で、M&Aの対象となる企業の状況やリスクを事前に調査することです。労務DDでは、労働条件、就業規則、労務管理の実態、組織の特徴、従業員との関係などを確認します。

対象企業の情報

  • 所在都道府県:愛知県
  • 業種:製造業
  • 従業員規模:30名
  • 組織の特徴:先代社長が従業員から信頼されている昭和的会社

M&A後に表面化する労務上の問題

M&A後には、労働条件や人事制度の違い、経営方針の変更、従業員への説明不足など、さまざまな事情から労務上の問題が表面化することがあります。対象企業がどのような歴史を持ち、従業員が会社や経営者にどのような思いを抱いているかも、その後の組織運営に影響します。

今回の事例では、先代社長が従業員から厚く信頼されていました。その関係性を十分に理解しないまま経営者が交代し、買手企業と従業員との接点もほとんど設けられなかったことから、強い反発が生じていました。

従業員の反発で生産活動が止まりかねない状況に

相談者は、愛知県にある従業員約30名の製造会社を取得した買手企業でした。M&A仲介会社が手続を進め、契約の締結までは円滑に進んでいました。しかし、M&Aの過程では売手企業の従業員の心情に対する配慮が十分ではなく、労務DDも重視されていませんでした。

売手企業では、先代社長が従業員から強く信頼されていました。従業員にとって今回のM&Aは、単に会社の所有者が変わるだけの出来事ではありません。信頼してきた経営者が離れ、これまで関わりのなかった企業の経営下に入ることを意味していました。

ところが、M&A成立後も買手企業の幹部は売手企業へほとんど足を運んでいませんでした。現場で働く従業員との関係を築かないまま、買手企業から指示が出される状態になっていました。従業員は買手企業の言うことを聞かず、全員が退職しかねないほど強く反発していました。製造現場の機械を止め、生産活動そのものが停止する勢いとなっていたため、早急な対応が必要でした。

私が最初に見たのは、先代社長と従業員との関係

私はまず、従業員が買手企業に反発しているという事実だけでなく、なぜこれほど大きな反発に至ったのかを確認しました。この会社では、先代社長と従業員との間に強い信頼関係がありました。先代社長の影響が大きかったからこそ、経営者が交代した後には、買手企業が自ら現場に入り、従業員と新たな関係を築いていく必要がありました。

しかし、買手企業の幹部は現場に足を運んでおらず、従業員と直接話す機会もほとんど設けていませんでした。従業員から見れば、自分たちが長く働いてきた会社や仕事について十分に知ろうとしない相手から、一方的に指示を受けているように感じられたのだと思います。

賃金などの労働条件に問題がなかったとしても、それだけで従業員が新しい経営者を受け入れられるとは限りません。特に今回のような会社では、自分たちやこれまでの仕事を尊重してもらえていると感じられる関わり方が欠かせませんでした。こうした点は、本来、労務DDの段階で明らかにしておくべき重要な留意点でした。

買手企業に現場へ足を運んでもらった

私は買手企業の幹部に対し、週に一度は売手企業へ足を運び、現場を回るように伝えました。先代社長の影響が強い会社でありながら、買手企業の幹部と従業員との間には、ほとんど関係ができていませんでした。まずは買手企業自身が現場を見て、従業員と顔を合わせることが必要でした。

買手企業の考えを伝えるだけではなく、従業員がどのような仕事をし、何に不安や不満を感じているのかを直接知ってもらうためです。私は並行して、売手企業の幹部社員全員と粘り強く面談を重ねました。

従業員が抱えていたのは、経営者が変わったことへの戸惑いだけではありません。自分たちの気持ちやこれまでの仕事を軽く扱われたという思いがあり、まずはその感情を受け止めなければ、買手企業の説明を聞いてもらうことも難しい状態でした。

面談では、私から買手企業のこれまでの対応についてお詫びしました。私は相談を受けるまで本件に関与しておらず、買手企業も売手企業も私の顧問先ではありませんでした。そのため、自分がしたことではない対応について、なぜ私が頭を下げなければならないのかという思いはありました。

それでも、従業員に買手企業の考えを理解してもらうためには、その前に、従業員が感じていた不満や傷つきを誰かが正面から受け止める必要がありました。責任の所在を主張することよりも、途切れていた対話を再び始めることを優先し、私は買手企業に代わってお詫びをしました。従業員に話を聞いてもらうための出発点をつくることが、問題の解決には必要だと判断したためです

従業員が通常どおり業務に取り組める状態へ

買手企業の幹部が継続して現場に足を運び、私も売手企業の幹部社員との面談を重ねました。その結果、従業員は買手企業の考えや姿勢を徐々に理解してくれるようになり、通常どおり業務に取り組める状態になりました。当初は機械を止め、生産活動そのものが停止しかねない状況でしたが、従業員の反発が収まり、生産活動を継続できる状態に戻りました

この事例から見えたM&Aの労務上のポイント

労務DDで組織の内側まで確認する

法務DDや財務DDを行う企業は多い一方で、労務DDは十分に重視されないことがあります。しかし、M&A後に実際に事業を動かすのは、対象企業で働く従業員です。労働条件や社内規程だけでなく、経営者と従業員との関係、組織内の価値観、従業員が会社に対して抱いている思いも確認する必要があります。

今回の会社では、先代社長への信頼が強いことが、M&A後の従業員対応を考えるうえで特に重要な点でした。労務DDでは、書類上の問題を見つけるだけではなく、M&A後の組織運営で配慮すべき労務上の特性をつまびらかにすることが重要です。

労務DDで把握したことを実際の行動に移す

労務DDで会社の特徴やリスクを把握しても、その結果が買手企業の行動に反映されなければ、十分とはいえません。

今回の事例では、先代社長の影響が強いにもかかわらず、買手企業の幹部が現場に足を運ばず、従業員との関係を築いていませんでした。そこで、買手企業の幹部による定期的な現場訪問と、従業員との面談を進めました。

重要なのは現場訪問という方法そのものではなく、労務DDで把握した会社の特性に合わせて、買手企業が具体的な行動を取ることです。

従業員が大切にされていると感じられる対応を考える

賃金などの労働条件は、従業員にとって重要です。しかし、それと同時に、自分たちが会社から大切にされていると感じられるかどうかも、その後の働き方に大きく影響します。

今回の従業員は、買手企業が現場に来ないことや、自分たちの気持ちへの配慮がないことから、軽く扱われていると感じていました。M&Aでは、対象企業の従業員を単に引き継ぐ人員として見るのではなく、それまでの経緯や思いを持つ一人ひとりの人として向き合うことが必要です。

近年は、企業活動において人権を尊重する姿勢がより重視されています。従業員の人権を守るためには、ハラスメントを防止し、問題が起きたときに声を上げられる相談窓口や対応体制を設けることも欠かせません。従業員を尊重する姿勢を、日々の行動と社内の仕組みの両方で示すことが求められます。

社労士は労務DDとM&A後の現場をつなぐ

労務DDは、問題点を報告書にまとめて終わるものではありません。そこで明らかになった特性や留意点を、買手企業の経営判断や従業員対応につなげる必要があります。

今回、私は買手企業に現場訪問を求める一方で、売手企業の従業員との間に入り、話を聞いてもらうための関係をつくりました。M&Aにおける社労士の役割は、労働条件や規程を確認するだけでなく、労務DDで見えた課題を、M&A後の具体的な対応へ結び付けることにもあります。

従業員の気持ちと経営側の考えの双方に触れながら、組織が再び動き出すために何が必要かを考える場面では、社労士が果たす役割は今後さらに大きくなると考えています。

よくある質問

M&Aで労務DDを行うと、何が分かりますか?

労務DDでは、労働条件や就業規則などの書類だけでなく、実際の労務管理や組織運営における留意点も確認します。経営者と従業員との関係や組織文化など、M&A後の従業員対応に影響する事情を把握しておくことで、買手企業が取るべき行動を検討しやすくなります。

M&A後の従業員対応で大切なことは何ですか?

労務DDで把握した対象企業の特徴を踏まえ、従業員が新しい経営体制をどのように受け止めるかを考えることです。労働条件の確認に加え、従業員への説明や対話の機会を設け、自分たちが尊重されていると感じられる対応を積み重ねる必要があります。

対象企業を知ることがM&A後の出発点になる

今回の事例では、法務面や財務面の手続は進んでいたものの、先代社長と従業員との関係や、従業員が経営者の交代をどのように受け止めるかが十分に把握されていませんでした。さらに、買手企業の幹部が現場に足を運ばなかったことで、従業員は自分たちが大切にされていないと感じ、反発を強めていました。

労務DDで対象企業の労務上の特性や留意点を明らかにし、その結果をM&A後の経営や従業員対応に生かすことが重要です。また、賃金などの条件を整えるだけでなく、従業員の気持ちに配慮し、人権を守る相談体制やハラスメント防止の仕組みを設けることも欠かせません。

M&Aを成立させることだけを目的とせず、そこで働く従業員を尊重しながら、取得後の組織をどのように運営していくかまで見据えることが、M&A後の労務トラブルを防ぐための出発点になります。

執筆者

村松 貴通

静岡県

社会保険労務士法人村松事務所
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