業務指導はパワハラになる?医療機関で起きたパワハラ対応|社労士 青木 幸江の解決事例
<企画・編集:社労士ナビ編集部>
解決した社労士
- 社会保険労務士 青木幸江(社会保険労務士法人Aoki/東京都中央区)
※本記事は、実際の対応事例をもとに、企業等が特定されないよう一部内容を調整しています。
この記事を読んで分かること
- パワハラと業務指導の違いを判断するときに、会社が確認すべきポイントが分かる
- 部下からパワハラと訴えられた場合に、事実確認から業務改善命令書の発行まで、どの順で対応すればよいかが分かる
- パワハラの訴えを現場任せにしないために、相談窓口や指導記録などをどう整えるべきかが分かる
パワハラと業務指導の違いは、事実確認と手順で判断する
部下から「パワハラを受けている」と訴えがあった場合でも、それだけで上司の対応がパワハラに当たるとは限りません。会社としては、上司の言動に業務上の必要性があったか、伝え方が相当だったか、改善を求める内容が具体的だったかを整理する必要があります。
そのため実務では、まず関係者への聞き取りで事実関係を確認し、就業規則やハラスメント規定に照らして対応の根拠を整理します。そのうえで、業務上の改善が必要な場合は、本人との面談を行い、必要に応じて業務改善命令書などの文書で、改善内容と期限を明確にします。
パワハラ対応で重要なのは、訴えを軽く扱うことでも、上司の指導をすぐに止めることでもありません。事実、規定、記録、改善手順をそろえたうえで、業務指導として適切だったかを判断することです。
対象企業の情報
- 所在都道府県:埼玉県
- 業種:総合病院
- 従業員規模:350名
- 組織の特徴:理事長以下理事全員がドクターで、人事総務が手薄で各科で科長(ドクターや専門技術者)が各科の職員の相談を受け持っているので、まともな人事としての機能が無い状態
業務指導とパワハラの境界が問題になりやすい場面
パワハラは、上司と部下の関係や職場内の指導場面で問題になりやすい労務テーマです。
特に、業務の進め方に問題がある職員へ注意を重ねている場合、会社側は「必要な指導」と考えていても、本人は「責められている」「無視されている」「仕事を与えられていない」と受け止めることがあります。
こうした場面では、指導の目的が業務改善にあるのか、伝え方や頻度が適切だったのか、改善を求める内容が本人に具体的に伝わっていたのかを分けて確認することが大切です。
本事例でも、科のマニュアル通りに仕事をしない職員に対し、科長は何度も口頭で注意をしていました。しかし、改善が見られない中で仕事を限定的に与えるようになり、本人は「話しかけても無視されている」「仕事を与えられない」と受け止め、職場内で大声を出すなど、職場環境にも影響が出ていました。
科長から寄せられた「部下への指導がパワハラに当たるのか」という相談
埼玉県の総合病院では、人事総務の体制が手薄で、各科の科長が現場の職員対応を担っていました。科長には医療専門職としての経験はあっても、人事労務やマネジメントに関する教育を十分に受けているわけではなく、職員への注意指導をどのように進めればよいかが分かりにくい状態でした。
相談のきっかけは、ある職員から、上司である科長の対応がパワハラであると訴えられたことです。科長としては、マニュアル通りに仕事をしないことや、同じ注意を繰り返しても改善が見られないことに困っていました。
しかし、注意をしても本人が感情的に言い返してくるため、科長は次第に会話を避けるようになっていました。その結果、本人は「無視されている」「仕事を与えられない」と感じ、職場内で大声を出すなど、周囲にも影響が及ぶ状態になっていました。
この段階では、問題は単に「パワハラに当たるかどうか」だけではありませんでした。業務指導の根拠や手順が整理されていないこと、相談窓口がなく現場の科長が抱え込んでいたことも、大きな背景になっていました。
まず確認したのは、職場で起きていた事実と就業規則の運用状況
社労士として最初に行ったのは、当該科長と科の職員との面談です。科長だけの説明で判断するのではなく、職場で実際に何が起きていたのか、どのような注意が行われていたのか、周囲の職員がどのように受け止めていたのかを確認しました。
この確認が必要だったのは、パワハラと業務指導の違いを判断するには、発言の一部だけではなく、背景や経緯を含めて整理する必要があるためです。
また、就業規則は存在していましたが、現場の科長がその内容を十分に確認しながら職員対応をしていたわけではありませんでした。そこで、服務規律や懲戒規定、ハラスメントに関する規定を確認し、会社としてどの根拠に基づいて対応するのかを整理しました。
口頭注意だけが続いていると、会社側は「何度も指導している」と考えていても、本人から見ると「何を、いつまでに、どの水準まで改善すべきか」が分かりにくくなります。そのため、社労士は、事実関係の確認とあわせて、今後の対応方針を文書化できる状態に整えていきました。
面談、規定確認、業務改善命令書の発行へと段階的に対応
実際の対応では、まず当該科長と科の職員に面談を行い、職場で起きていた問題点と今後の対応方針を整理しました。科長側の説明だけで判断するのではなく、周囲の職員から見た状況も確認することで、職場内でどのような認識差が生じていたのかを把握していきました。
次に、当該職員本人とも面談を行いました。本人がどのような点をパワハラと受け止めていたのかを確認しながら、一方で、業務上求められる行動や職場内で守るべきルールについても整理しました。
そのうえで、就業規則の服務規律や懲戒規定を確認し、会社としてどの根拠に基づいて改善を求めるのかを明確にしました。口頭での注意だけでは、会社側と本人の認識がずれたままになりやすいため、改めて文書による業務改善命令書を発行し、改善すべき内容と期限を示しました。
この対応の目的は、本人を一方的に責めることではありません。何が問題で、どのように改善すればよいのかを、会社と本人の双方が確認できる形にすることでした。
また、ハラスメント規定についても本人に確認してもらい、ハラスメントと業務命令の違いを説明しました。業務上必要な指導であっても、伝え方や手順があいまいなままだと、受け手との認識差が大きくなりやすいためです。
科長に対しても、部下の教育をどのように進めるか、どのような順序で注意指導を行うかについて具体的に助言しました。これにより、科長は感情的なやり取りではなく、就業規則やハラスメント規定に沿って、必要な業務指導を行いやすい状態になりました。
始末書の提出と職場環境の落ち着きにつながった
業務改善命令書の発行と面談を通じて、当該職員は自分の行動を振り返り、始末書を提出しました。あわせて、今後は職場内で良好な関係をつくることを約束しました。
科長に対しても、部下を育てるための手順、就業規則の確認方法、パワハラに関する基礎知識を伝えました。これにより、科長は感情的なやり取りではなく、規則や手順に沿って部下に向き合う視点を持てるようになりました。
結果として、職場内の混乱は落ち着きを取り戻しました。本人を一方的に責めるのではなく、問題点と改善方法を文書と面談で確認できる形にしたことが、今回の改善につながりました。
この事例から見える社労士の実務ポイント
相談窓口を明確にし、現場任せにしない
本事例では、人事総務の機能が手薄で、各科の科長が職員からの相談やトラブル対応を担っていました。医療専門職としての経験があっても、人事労務の対応に慣れていなければ、注意指導の進め方やハラスメント対応に迷いが生じます。
問題が起きたときに、誰へ相談すればよいのかが決まっていないと、現場の管理職が一人で抱え込みやすくなります。企業としては、相談窓口を設けるだけでなく、職員がその存在を知っている状態にしておくことが重要です。
口頭注意で終わらせず、改善内容を文書で確認する
同じ注意を繰り返しているのに改善が見られない場合、口頭で注意を続けるだけでは、会社と本人の認識差が広がることがあります。会社側は「何度も伝えた」と考えていても、本人が「何を、どの水準まで、いつまでに改善すべきか」を理解できていない場合があるためです。
業務改善を求めるときは、改善すべき内容、改善方法、期限を具体的に示し、文書で確認することが有効です。業務改善命令書を出して終わりにするのではなく、その後も定期的に面談を行い、改善状況を確認していくことが大切です。
管理職と一般職員の双方が、業務指導とハラスメントの違いを学ぶ
パワハラと業務指導の違いは、管理職だけが理解していればよいものではありません。指導する側が適切な伝え方を学ぶことはもちろん、指導を受ける側も、業務命令や改善指導の意味を理解しておく必要があります。
特に、現場の管理職が人事労務の判断を担う組織では、階層別のハラスメント防止セミナーを実施し、一般職員と管理職の双方が共通認識を持てるようにすることが有効です。長い目で見れば、日常的な教育と良好なコミュニケーションが、職場環境の安定につながります。
よくある質問
部下からパワハラと訴えられた場合、上司は指導を控えるべきですか
すべての指導を止めるのではなく、まず事実関係と指導の内容、方法、根拠を整理することが重要です。
部下からパワハラの訴えがあった場合、会社はその訴えを軽く扱ってはいけません。一方で、業務上必要な注意や改善指導まで止めてしまうと、職場運営に支障が出ることもあります。
そのため、どのような言動があったのか、指導の目的は何だったのか、就業規則や業務上の基準に照らして説明できる内容かを確認し、必要に応じて面談記録や文書を残しながら対応することが大切です。
口頭注意で改善しない職員には、どのように対応すればよいですか
改善を求める内容を具体化し、文書で確認したうえで、期限を定めて改善を促す方法が考えられます。
口頭注意だけでは、本人が何をどの程度改善すべきか理解できていない場合があります。また、会社側も「注意した」という事実を客観的に説明しにくくなります。
本事例では、就業規則の服務規律や懲戒規定を確認したうえで、業務改善命令書を発行し、期日を定めて改善を求めました。あわせて面談を行い、本人の認識を確認することで、感情的な対立ではなく、改善に向けた話し合いへ進めることができました。
パワハラの訴えが起きる前に、相談窓口と指導手順を整えておく
この事例では、パワハラの訴えそのものだけでなく、現場の科長が人事労務の対応を一人で抱え込み、口頭注意や仕事の割り振りだけで対応せざるを得なくなっていた点にも課題がありました。
部下への注意指導が必要な場面でも、相談窓口がなく、就業規則やハラスメント規定の確認も現場任せになっていると、指導する側と受ける側の認識差は大きくなりやすくなります。会社としては、問題が起きた後に白黒を急ぐのではなく、まず事実関係、規定、面談記録、改善を求める内容を整理できる状態にしておくことが大切です。
業務改善を求める場合も、口頭注意だけで済ませるのではなく、文書で改善内容と期限を明確にし、その後の面談で改善状況を確認していく必要があります。あわせて、管理職と一般職員の双方が、パワハラと業務指導の違いを理解できるよう、階層別の研修や社内周知を行うことも再発防止につながります。
現場の管理職が対応に迷っている、注意指導の記録が残っていない、ハラスメント相談の受け皿がはっきりしていないという場合は、問題が大きくなる前に、会社としてどの手順で確認し、どの根拠で改善を求めるのかを整理しておくことが重要です。
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